先輩医師からのメッセージ

 

若手医師からのメッセージ

畠山祐樹(入局1年目・卒後3年目)

新潟大学脳神経内科を選ぶにあたって

 私は後期研修を行うにあたり,どの診療科に進むかということすら決められずギリギリまで悩んでいました.そんな時脳神経領域には元々関心があったため,ふと思い立ち母校である新潟大学の脳神経内科を見学することにしました.実際に見学すると当時大学病院で働いている人こそ違いますが学生時代に見た,教授を中心として医師一人一人が豊富な知識と十分な臨床経験をもって患者一人一人を丁寧に診ていく様子は全く変わっていませんでした.また研究施設を見学するにあたっても充実した設備であることは言わずもがな,豊富な資料や経験豊かな先輩研究者の方々いるおかげで研究の道に進んだとしても何も困ることはないだろうと感じました.

 そんなことを思いながら見学を終えた頃には,この新潟大学の脳神経内科ならば自分の医師としての能力を高め可能性を広げることができると直感し,脳神経内科の道に進むことに決めました.

 入局してまだ日は浅く,たまに自分の他の可能性について考えてしまうこともありますが,それでもここ新潟大学の脳神経内科を選んで本当によかったと思っています.

 進路に悩んでいる研修医や学生さんがいたらぜひ新潟大学 脳神経内科を見学しにきてください.きっとこれから進むべき道が見えてくると思います.

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2022年4月記載

木下悠紀子(入局3年目・卒後5年目)

 ~かみんぐすーん~

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2022年4月記載

研修開始後1年間を終えて

遠山玄理(入局2年目・卒後4年目)

 私は新潟大学卒業後,同院で研修を行い,脳神経内科に入局しました.

 学生時の基礎研究実習で筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態に関する研究を行ったことが神経学,ひいては脳神経内科に興味を持ったきっかけでした.

 昨年度は大学病院に勤務し,指導医の先生方の下で5人のALS患者さんの診断,病名告知を行いました.「難病の告知をするのはつらい」,「治らない病気を診つづけることは苦しいのではないか」という声を聞くことがありますが,実際にやってみるとそれは違いました.確かにALSの告知をする際には心が痛みますが,それよりも患者さんが残りの人生を悔いのないように生きてほしいという気持ちが強いです.告知をすると冷静に受け止める方,泣いてしまう方などいらっしゃいましたが,それぞれの受け止め方から自分が人として学ぶことが多くありました.

  もし自分がALSと告知されたらどうかと何度も考えてみましたが,その後の人生を歩む上で主治医との信頼関係は非常に重要だと思います.診断した後も患者さんの人生は続くので,そこに寄り添って共に歩むことが,治らない病気を診つづける上でのやりがい(というより使命でしょうか)ではないかと考えています.大学病院では外来業務がなく,実際に診断後の患者さんの生活に寄り添うことはできなかったので,これは今後の自分の課題です.ALSについて長くお話ししましたが,神経変性疾患だけでなく様々な疾患の方に出会い,学ぶことができました.指導医の先生方も親身に指導してくださり,まだまだ未熟ではありますが成長できた1年だったと思います.

 脳神経領域には慢性期疾患だけでなく,脳血管疾患のような急性期治療が重要な疾患もあります.他にもリハビリや基礎研究・臨床研究など多様に活躍できる場があり,どの領域でも患者さんのために一丸となって取り組んでいます.ぜひ一度見学にいらしてください.

2022年4月記載

種田朝音(入局2年目・卒後4年目)

 新潟大学卒業後,同院で初期研修を行い,2020年4月に脳神経内科に入局しました.

 初期研修で経験した診療科は全て楽しく,専攻科を決めるにあたり非常に悩みましたが,ある先生の「脳神経内科は病気を通して患者さんの人生を診る科」という言葉が決め手になりました.神経内科領域には,例えば歩くこと,話すこと,食べることなど,機能が失われる疾患が多くありますが,患者さんが人生で何を大切にしてきたかという価値観に触れ,病気になったあとの人生を良いものにするお手伝いができたら,それは一生を通してやる価値のあるお仕事だと思いました.今はまだ知識不足を痛感する毎日ですが,日々の診療や勉学に励み,早く力を付けたいと思っています.

 新潟大学の脳神経内科はとても教育的です.先輩レジデントからはチームの壁を超えて指導を受けることができ,指導医の先生も非常によく面倒を見てくださります.科全体で若手を育てようという雰囲気を感じます.指導を受けるだけではなく,レジデントとして初期研修医や学生を指導したり,レジデント勉強会のプレゼンターを担当するなど,人に教えるチャンスも多く与えられます.勉強するには素晴らしい環境だと思います.

 進路に迷っている初期研修医,医学生の皆さんが,少しでも新潟大学の脳神経内科に興味を持ってくださったら嬉しいです.ぜひ一度,研修,見学にいらしてください.

2021年4月記載

渡邉緑(入局2年目・卒後4年目)

 私は新潟県出身で,県外大学を卒業後に地元に戻って新潟大学で研修を経たのち,脳神経内科に入局しました.

 脳神経内科というと,「治らない病気を診る」「神経分野って複雑で難しい」という声が多いのではないでしょうか.私も研修前はそのように思っていました.

 実際に研修を始めると,確かに難しい分野ではありますが,その患者さんにとって一番大事なことは何か,どう病気と向き合い,その中でどうやって生活してくのが,その方にとってより良いのか,ということを一生懸命考える科だと知り,とても心打たれました.

 治療法のない疾患があることは確かですが,現在も新しい治療法が模索されており,今後開けてくる分野でもあると思います.新潟大学は脳研究所もあり,そういった研究にも今後かかわっていけたらと思っています.

 脳神経内科に入局して1年たちましたが,いまだに自分の知識不足に反省する毎日です.しかし,そんな私でも先生方は教育的,かつ優しく指導してくださり,本当に素晴らしい環境で勉強させていただいています.

 もし少しでも神経内科に興味をお持ちであれば,一度見学に来ていただけると雰囲気をより感じることができると思いますので,ぜひお待ちしております.

2021年4月記載

池上いちこ(入局2年目・卒後4年目)

 私は他県の大学を卒業し,同県での初期研修を終え,その後新潟大学の脳神経内科に入局しました.新潟には縁もゆかりもなく,ましてや知識も技量もなく不安だらけの日々でしたが,教育的な先生方のご指導のもと,素晴らしい同期とともに1年を終えることができました.

 血管障害,感染症,自己免疫疾患,変性疾患など,急性期から慢性期まで幅広く経験できるのが脳神経内科の魅力の1つだと思います.解明されていない部分も多く,研究への取り組みもさかんです.また,他の先生方が書かれているように患者さんとの距離が近いのも当科ならではと思います.

 1年を終え,上記の魅力に加えて,病態や治療方針を科内で共有し検討すること,そのために情報を集め,客観的に伝えることの重要性に気づかされました.疾患の特性上,血液検査や画像のみでの評価は難しく,治療のメルクマールをどうするか,また,どのような治療が推奨されているのか等を調べ検討する時間が多かったです.プレゼン力も鍛えられます.

 大学では週に2回検討会が行われますが,4月から移動になった病院でも定期的な検討会が催されます.若手の学びの場となっているのはもちろん,よりよい医療が患者さんに提供できるようにという科全体としての気概を感じます.

 あくまで主観ですが,脳神経内科は未解明の部分が多く,業務内容も多岐に渡るため,様々な能力を生かすことのできる門戸の広い科と思います.興味のある方はもちろん,選択肢のひとつとして考えていただいている方,はたまた科を決めかねている方,ぜひ一度見学にいらしてください.お待ちしております.

2020年4月記載

家庭と仕事の両立

木崎利哉(入局3年目・卒後5年目)

 現在卒業後5年目, 入局3年目の木崎利哉と申します. 私は2019年10月に結婚し, 2021年11月に長女を授かりました. この原稿を書いている時点では娘は5か月で, 妻は育休中です. 家庭と仕事の両立, というテーマですが, 5年目の医師が子供とどのように過ごしているのか, 普段の様子を書いてみようと思います. 少しでも参考になる部分があれば幸いです.

 平日は, 朝時間があればおむつを替えた後に出勤します. 日中は妻が子供をみてくれています. 仕事が終わり帰宅するのは大体19時~20時で, その頃にはすでに娘は眠っていることが多いです. 妻からその日の娘の様子を聞いたり, 写真を見せてもらったりしています.

 休日は, 当番の日でなければ, 買い物に行ったり散歩したりと家族で出かけることが多いです. お風呂や寝かしつけも平日にできない分, 休日を利用してやっています. どうしても妻より顔を合わせる時間が短いため, 泣かれてしまうことが多かったのですが, 最近は慣れてきたのか笑ってくれることが増えました. 当番の時は病院でたまった仕事を片付け, なるべく家には仕事を持って帰らないようにしています.

 育児は仕事とは全く異なる経験で, 夫婦で楽しくやっています. 産まれる前は, 仕事とうまく両立できるのか漠然とした不安がありましたが, 産まれた後は意外となんとかなるものだな, と実感しています. 妻に頼っている部分が大きいので, 感謝しています.

 家庭のあり方は様々で, 仕事との両立の仕方も人それぞれだと思います. 家庭との両立で迷っている方もそうでない方も, 是非一度見学にいらしてください.

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2022年4月記載

小出伸(入局3年目・卒後5年目)

 卒後5年目の小出伸です.

私は高校生の時に脳科学者に憧れ,漠然と神経に関わる仕事がしたいと思っていました.医学部入学後に神経疾患にはまだ治せないものも多くあることを知り,神経内科領域で研究に携わって,少しでも医学に貢献したいと考えるようになりました.

 縁あって学生時代に新潟大学脳研究所の夏季セミナーに参加した際,お会いした先生方が,当然のこととして臨床と研究を「一体の医師の仕事」とみなしていたことに感銘を受け,入局を決めました.その後新潟大学医歯学総合病院で初期研修を終え,現在は新潟大学脳研究所脳神経内科のレジデントとして働いています.

 家庭のことをお話ししますと,我が家は夫婦ともに神経内科医で,3歳の娘がいます.医師として頑張りたいという反面,子供のいる家庭にも憧れ,妊娠・出産のタイミングなど悩むこともありましたが,母校の神経内科の恩師から頂いた,「いつ産んでもどうにでもなるから好きにやって大丈夫」とのお言葉を思い出し,本当に好き勝手にさせていただきました.初期研修中に娘を授かり,出産・育児のため研修の同期と比べると1年半ほど遅れてしまいましたが,私にとってはかけがえのない人生のキャリアになりました.娘からは日々多くのことを学ばせてもらっています.

 神経内科には育児をしながら働いている先生も多くいらっしゃるので,いろいろな先生から気さくにアドバイスを頂くことができ,非常に心強く思っています.また医局からも細やかなご配慮を頂いて,配属先・業務量など調整して頂きながら無理なく働くことができ,今のところ「どうにかなった」ことにとても感謝しています.

 もし家庭と仕事のことで悩んでいる方がいれば,私も恩師の言葉どおり「どうにでもなるから大丈夫」との言葉を贈りたいです.理想の働き方はその人それぞれですが,新潟大学脳研究所脳神経内科はどんな働き方も本当に温かくサポートしてくれる環境だと思います.ご興味をもった方はぜひ一度見学にいらしてください.新潟でお待ちしております.

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2022年4月記載

血管内治療専門医にむけて

荻根沢真也(入局4年目・卒後6年目)

 現在卒業後6年目(入局4年目)の荻根沢真也と申します.入局後は大学病院,長岡赤十字病院,新発田病院とローテートし,現在信楽園病院で勤務しております.わずか4年の経験ですが,多くの疾患について学ぶ機会がありました.その中でも,最も診療する機会が多く,入院治療に自らが携わることが多い疾患が脳卒中でした.日中,夜間,問わず患者さんが救急室に来院され,本当にCommon diseaseである,ということを実感しました.

 その診療にあたる中で,病型の診断や抗血栓薬の治療方針,血圧管理など,内科管理どれをとっても患者さんの転帰に影響しうることを,日々の診療を通じて学びました.

 さらに,脳血管内治療でdynamicに患者さんの状態が変化するのを幾度も経験しました.失語,高度麻痺で搬送された患者さんが,後遺症なくすたすたと歩いて帰られるさまを見て,感動しましたし,そのような治療に関わりたいと感じるようになりました.

 このように,脳卒中診療は知識と技術が共に必要な分野として,非常に魅力的だと考えています.また,Commonだからこそ,脳神経内科医が初療にあたることが多い疾患だからこそ,しっかり診療できるようになりたい,とも考えています.

 今は脳外科の先生方にご指導頂き,脳血管内治療専門医取得に向けて勉強をしているさなかです.まだまだ半人前ですらなく,道のりは長いことを自覚しておりますが,同時にやりがいは十分,と思います.

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2022年4月記載

滑川将気(入局3年目・卒後5年目)

 脳神経内科は現在でも治療法のない疾患が多くあります.先達のお陰で疾患の原因,治療標的など研究が進み,今はそれらの治療を実際に行うフェーズに入っています.昔では治らないと考えられていた疾患が治る時代が来ています.今現場に立っている方,これから脳神経内科を志す方はその変化を目の当たりにすることができる1番面白い時代に生きていると思います.そんなことを思って脳神経内科を志ざし,元々新潟にゆかりはないですが,メッカとも言われる新潟の脳神経内科に入局しました.

 私は脳神経内科の中でもcommonである脳卒中をまずはしっかりと診ることができるようになりたいと思い,入局1年目に医局の配慮で脳神経内科医も超急性期脳梗塞の血管内治療に携わっている立川綜合病院に派遣されました.初めて血管内治療を見た時にはその劇的な効果に感動し,自分も将来は血管内治療専門医を取りたいと思うようになりました.内科医でありながらも,1年目で沢山の脳血管造影検査,血管内治療を経験させてもらえたことは私の財産になっています.

 また,血管障害以外にも変性疾患や免疫疾患,感染症など脳神経内科の領域は幅広いです.新潟には様々な領域のスペシャリストがおり,その指導を受けることが出来るのも魅力の一つだと思います.入局者数も多いため同期にも恵まれ,労働環境も良く,日々新潟の脳神経内科に入局して良かったと思っています.興味のある方は是非見学に来て下さい.

2020年10月記載

大原浩司(後期研修を経て入局・卒後7年目)

 現在医師7年目の大原浩司と申します。今回学生・研修医の先生にむけてメッセージを書く機会をいただきました.特に脳神経内科に興味のある方・脳卒中診療に興味のある方にむけて書いてみようと思います.

 まず簡単ではありますが自己紹介させていただきます.

平成26年に埼玉医科大学を卒業し地元である新潟県に帰ってきました.新潟市民病院で初期研修医を修了後,同病院の脳神経内科後期研修医を得て,現在は信楽園病院に勤務しております.

 個人的な見解ですが新専門医制度となり,それぞれの科のスペシャリティーは当たり前となり,さらにサブスペシャリティーが求められる時代が来ているように思えます.

脳神経内科の特徴は慢性期から急性期と病態が多彩で守備範囲が広いことです.小生はその中でも脳卒中に興味を持ち内科管理はもちろん超急性期治療である脳血管内治療に魅力を感じました.

 脳梗塞の急性期治療は近年目覚ましい進歩を遂げ,デバイスも各社しのぎを削り新しい製品が開発されています.脳卒中は脳神経内科にとってcommon diseaseであり大変やりがいのある仕事です.

 現在信楽園病院では脳神経内科・脳神経外科が垣根を越えて急性期の脳卒中診療を行っています.脳卒中の内科管理・血管内治療に興味がある方は,一緒に脳卒中診療をしませんか.ぜひ一緒に内科医から血管内治療専門医を目指しましょう.やる気のある先生・少しでも興味のある先生お待ちしております.

2020年10月記載

脳卒中内科医への誘い

新保淳輔(新潟市民病院・脳卒中科副部長)

 私は幅広い脳神経内科領域の中でも,急性期脳卒中診療,脳血管内治療をメインに取り組んでいます.脳卒中診療はこの20年ほどで大きな変貌を遂げましたが,転換点はtPA静注療法と経皮的脳血栓回収術が標準治療に位置付けられたことで,いまや脳神経内科医も血管内治療に参加する時代となりました.

 脳卒中診療での脳神経内科医の役割は,超急性期の治療選択,急性期の全身管理、エコーやMRIなどによる病態解明と治療薬選択,心血管リスクの管理,神経症候の評価とリハビリテーションなどで内科的知識を駆使し,脳神経外科と連携してバランスのとれた医療を提供することだと思います.さらに意欲があれば、超音波検査手技を身につけたり,脳血管内治療専門医の取得にもチャレンジできます.学術面については,アカデミックな研究は大学ですが,市中病院では症例の多さを持ち味にした臨床研究から,1例を深く掘り下げる症例報告まで,着眼点とやる気次第で,日常診療からさらに踏み込んだ仕事ができます.

 私自身の話になりますが,新潟大学の脳神経内科の門を叩いたのが1999年,当時は遺伝性脊髄小脳変性症の原因遺伝子が次々と解明され,その最先端を新潟大学が走っていて,そういった仕事も将来できたら面白そうかなと漠然と考えていました.実際に入局してみると,赴任先のひとつがMELT-Japan(脳主幹動脈閉塞に対するウロキナーゼ動注療法の多施設共同試験)に参加していた病院だったことや,入院担当患者さんの約6割が脳血管障害ということもあり,脳卒中診療に関心を持つようになりました.その後大学病院に戻り,指導医の勧めで脳血管撮影室に出入りするようになり,脳血管内治療の道に入ったのが2005年のことでした.当時,脳梗塞に対する脳血管内治療は未熟な分野でしたが,tPA静注療法の限界が明らかとなっていたので,将来性のある治療と信じて取り組み続け,現在に至っています.

 脳神経内科は脳卒中以外にも変性疾患,免疫疾患,感染症,頭痛,てんかんなど対象分野が多く,臨床も研究も選択肢がたくさんあります.歴史があり指導医の層も厚い新潟の脳神経内科だからこそ,多くの進路の中から自分の道を見つけだして進んでいくことができます.私自身、20年前の自分には想像もつかなかった道を今も歩み続けていますし,力をつけた若い先生たちがその道をさらに広げてくれています.興味のあるかたはぜひ私たちと一緒にチャレンジしてみませんか.お待ちしています.

2020年10月記載

大学院生からのメッセージ

中島 章博(卒後8年目)

 コロナ禍と同時に始まった私の大学院生活も3年目となりました.コロナ禍では, 各種学会がオンラインでの開催に変わりました.

 実際に現地でしか感じられない高揚感や, その場でのDiscussionは無くなってしまったのですが,オンラインであることでかえって多くの学会に参加することができ,視聴できる内容も増えて,学べることも増えたのではないかと感じています.

 さて, 実際の大学院生活というと,最初に5ヶ月間は,新潟大学脳研究所の神経病理学教室で学ぶ機会を頂きました.実際に病理側としてCPCカンファレンスに参加することで,神経疾患の奥深さを知ることができ,大変貴重な経験をさせて頂いたと感じています.

 その後は, 神経病理学教室で学んだことを基礎として, 神経免疫チームにて免疫病理学の研究に励んでおります.神経免疫疾患は幅広く,様々なテーマ・視点を持つことができます.大学院入学後は,日本神経学会,神経免疫学会,神経病理学会の他,オンラインではありますが海外の学会での発表の機会も頂き, 大変刺激になりました.それらを通して, 疾患をより俯瞰的に見ること, 先行研究を理解し,今後の課題をみつけていくことの重要さを痛感しております.

 漠然とした思いで始まった大学院生活ですが,新潟大学脳研究所が誇る貴重な病理標本や臨床録の解析に携わることができ, 今後の医療の発展のために使命感や責任を感じるほどです. 学会参加・発表の機会も恵まれている環境でもあります.

 一緒に神経学を学ぶ仲間をお待ちしております.

中島先生
2022年4月記載

山岸拓磨(卒後8年目)

 ~かみんぐすーん~

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2022年4月記載

指導医からのメッセージ

石黒敬信(R4年度病棟長)

 ~かみんぐすーん~
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2022年4月記載

徳武孝允

 神経内科を学ぶにあたり,優れた先輩にご指導いただき,新潟の神経内科の伝統に触れ,私は新潟で神経内科を学ぶことを選択しました.新潟大学脳神経内科は,神経変性疾患,認知症,神経免疫疾患,脳血管障害などさまざまな分野で優れた研究実績を持ち,関連病院も含めて臨床面も優れた先輩方がたくさんおり,神経内科を学ぶのに最適と思います.

 神経内科診療の魅力の一つは,問診から得た発症の形式とその後の経過から病態を考え(病態診断),診察所見から解剖学的な病巣を推定し(解剖学的診断),これらを統合することで診断に近づくことができることと思います.神経内科が扱う疾患は,急性疾患から慢性疾患まで幅が広く,脳卒中やてんかん等の救急治療もやりがいがあり,また一方で神経難病を中心とした慢性疾患に対する診療も時間をかけて行うことができます.幅広い疾患領域のなかから自身の希望・ライフスタイルに応じて専門、職場を選ぶことができることも大きな魅力と思います.

 皆さんも一緒に新潟で神経内科を学びましょう.

2019年10月記載

金澤雅人

 私は20年ほど前,外来・病棟で患者さんと真摯に向き合う神経内科の先生をみて,患者さんからもいろいろ教わり,こういう医者になりたい,神経疾患を克服したいと思い,脳神経内科にすすみました.脳神経内科を専門に選んで本当に良かったです.

理由

  • 進歩の過程にあり,それを自分たちが担える
  • 患者さんのニーズがとても高い
  • 患者さんのそばで診察というシンプルな作業で,病気に迫れる

 神経診察は苦手,病気についても取っ付きにくいイメージあるかもしれません.しかし,疾患によって,検査は必要なく,ぱっと見て,診断可能な病気があるぐらいです.疾患・病態の理解に関して,自分たちが時間をかけて理解したことを半分以下の労力でわかってもらえるように指導していくのが,先輩の私たちの役目です.これまでの伝統もあり,当科の先輩たちはそういう人たちの集まりです.

 やる気と興味がある人,いつでも一緒に学んでいきましょう.

2019年10月記載

河内泉

「患者さんに役立つ研究・診療」を行い,新潟で神経学を極める

 新潟大学脳研究所神経内科の初代教授は椿忠雄先生です. 東京大学から1965年に赴任されました. 全国に先駆け, 新潟の地に神経内科学を根付かせ, 神経内科のエキスパートを数多く育てられました. 開局から50有余年を経た今もなお, 私達, 医局員は椿先生による「問診 日ごろ心にとめている十ヵ条」 (下記参照) を胸に携え, 診療しています. 私が医師になった20年以上前までは, 他科の先生から「神経学はまだ未分化で, 治療法のない診療科だ」と揶揄されたものでした. しかし今や状況が一変しました. 私の専門分野である多発性硬化症では複数の疾患修飾薬が認可され, さらに新たな薬剤開発が進んでいます. 脳梗塞の分野においてもt-PAをはじめとした血栓溶解療法やカテーテルによる血栓除去療法が脚光を浴びています. ようやくいくつかの神経疾患で新たな治療法が開発され, 実際に使われる時代になりました. しかしこのような時代であっても, 椿先生の言葉「問診 日頃心にとめている十ヵ条」が色褪せることはありません. 患者さんの声をよく聴き, 患者さんに寄り添いながら, 患者さんに役立つ研究と患者さんに共感する心を持った診療を行うことが重要です. 新たな発見は患者さんからの言葉がヒントになることもあります. 椿先生以来, 語り継がれ, 受け継がれている「神経学を志す心」, 「神経内科診療の極意」, 「患者さんに役立つ研究を行う体制」が新潟にはあります. 長い伝統のある新潟の地で, 一緒に神経学を極めましょう.

「問診 日ごろ心にとめている十ヵ条」

新潟大学教授・神経内科学

椿 忠雄

一,神経病ほど問診が重要な疾患はないと思う.誇張ではなく,診断の八割くらいはこれで大よその見当がつく.最近,一般内科では検査所見の比重が大きくなっているが,神経内科はむしろ問診と病床側の診察が重要である.

ニ,神経病の問診のなかで最も重要なことは,症状はいつおこったのか,初発症状の部位はどこか,急激におこったのか(何時何分という程急激か,それほどではないか)ではないかと思う.どんなときでもこれをおろそかにしてはいけない.

三,問診が重要なことは,単に診断のためだけではない.これを通して,医師と患者の間に精神的親近感ができることである.大学の外来では,問診は若い医師や学生が行うことがある.これは診察医の時間を節約していただけるのでありがたいが,診察の本質からみて,必ずしも好ましくない場合がある.私はどんなに完全に問診(予診)ができていても,患者に何らかの質問をすることにしている.それはすでに得られている情報であるかのようにみえても,書かれた情報とはちかったものがえられるはずである.

四,問診の場合,医師にとって無意味と思われる患者の供述であっても,ある一定の時間は患者の思っていることを述べてもらう.それは患者に満足を与えるとともに,患者の心のなかにあることがわかる.

五,患者の何が,最も苦しいか分かることが大切である.単に主訴という形式的な言葉ではあらわされないものが大切である.患者は案外病気の本質とは別のことで苦しんでいることがあり,これを取り除くことができる.

六,多数の患者が待っており,診療時間に追われているときに,ごたごたと供述されることは医師にとって困ることがあり,患者の供述を適当なところで止めさせることも必要ではあるが,少なくとも,前述のことは忘れてはいけないと思う.

七,公害や災害事故の問診で,患者の供述は必ずしも事実でないことがある点で,難しい問題がある.この場合でも患者を非難してはいけない.多くの患者は故意に虚偽の供述をしているのではない.私は患者の供述を言葉通りにきき,主観を加えずにその供述を記述することにしている.このようなことで,かえって真実を見いだせることが多い.

八,問診は診察のはじめだけに行うのではなく,診察の途中にも随時会話をして,情報を深めるのがよいと思う.むしろ,それによりほんとうの供述がえられるように思われる.

九,医師が患者に敬意をはらうという態度で問診をすることが望ましい.一般に患者は弱者,医師は強者の立場になりやすいので,詰問口調になりやすい.しかし,よく聞いてあげるということが,その後の診察に大きなプラスになるであろう.

十,神経病の場合,問診は,言語障害,精神症状,知能,意識状態の検査にもなることを忘れてはならない.

2018年4月記載

留学だより

小池佑佳

留学だより~Mayo Clinic Florida 2020~

 2020年6月に渡米し,Mayo Clinic FloridaのLeonard Petrucelli教授の下で学び始めて,半年が経過しました.今後海外留学を選択肢の一つに考えておられる先生方にとって,少しでも参考になればと思い,留学便りを書かせて頂きます.
 私の所属するNeuroscience部門は,当科の今野卓哉先生がご留学されたNeurology部門と同じ敷地内にあります.Petrucelli教授のグループは,筋萎縮性側索硬化症やポリグルタミン病を中心に,神経変性疾患の病態研究に取り組んでいます.ポスドクやsupervisorの約8割が他国出身者という非常に国際色豊かなラボであり,さらにポスドクのバックグラウンドとなる分野も多彩です.当初,他国からの留学生達との語学力の差を前に,高い言葉の壁を感じた私ですが,以前,医局のある先輩の先生に言われた「英語はあくまでツールの一つ」という言葉を思い返し,どうやったら相手に意図や思いが伝わるかを考えて,この半年過ごしてきました.そして最近では,どんなに拙い英語でも,伝えようとする熱意とsmileがあれば,同じ目的意識をもった人達の中では,コミュニケーションがとれることを少しずつ実感できるようになってきました(街中ではそんなに甘くないことも多いため,もちろん語学力はあるに越したことはありませんが).コロナ禍の現在も,ラボでは,マスク着用と消毒を徹底した上で,通常の活動が進められています.一方で,毎週のラボミーティングと,隔週の教授との1:1ミーティングは,オンライン形式に変更されています.今は,フロリダ州外は元より,Mayo ClinicのあるJacksonvilleの外に出ることも厳しい状況です.それでも,ここに来なければ出会えなかった人達と日々接し,交流を深められていること自体が,この留学の大きな財産だと感じています.こちらで学んだことを一つでも新潟に持ち帰って,発展させることを留学の目標としていますが,加えて,どうしたら新潟から世界を相手にした仕事ができるのか,発信できるのか,といったこともよく考えながら,限られた留学期間を大事に過ごしていきたいと思います.
留学だより小池先生
Petrucelli教授,ラボメンバーと

2021年1月記載

今野卓哉

Mayo Clinic Floridaでの留学体験

 私は平成27年3月より,アメリカのフロリダ州ジャクソンビルにあるMayo Clinic,Department of NeurologyのZbigniew K. Wszolek教授のもとに留学しています.今回,留学体験記を書く機会をいただきました.主にこれから留学するであろう医局の後輩や,当医局に関心を抱いている全国の医学生さんたちに向けて書いてみたいと思います. Mayo Clinicは全米有数の総合病院です.ミネソタ州ロチェスターにある本部のMayo Clinicは,U.S. Newsが発表する全米病院ランキングで第一位(2016¬-2017)にランクされました.私が留学しているジャクソンビルは,Neuroscienceの研究が盛んで,日本からの留学生も多く在籍しています.臨床部門,神経病理部門,基礎研究部門が緊密に連携しており,新潟大学脳研究所と似た構造です.私が師事しているWszolek教授は,パーキンソン病をはじめとしたMovement disordersを専門としており,特に遺伝子が関わる家族性の疾患を研究対象としています.SNCA変異やLRRK2変異を有する家族性パーキンソン病や,MAPT変異を有するパーキンソニズムを伴う前頭側頭型認知症(FTDP-17)の家系について,遺伝子が発見される以前より丹念に臨床情報とサンプルを収集され,歴史的な遺伝子発見に貢献してきた実績があります.私は大学院でhereditary diffuse leukoencephalopathy with spheroids (HDLS) の研究をしていましたが,この原因遺伝子であるCSF1Rを発見したのもWszolek教授の研究グループでした.この仕事が契機となりWszolek教授と接点を持つことができ,現在に至っています. 私が新潟を出発した日は,小雪が舞い散る寒い日でしたが,ジャクソンビル空港に降り立つとそこは別世界.強い日差しと高い湿度,ヤシの木が生い茂り,3月というのにすでに夏の様相でした.到着時は家族全員,長い袖丈の上下にマスク姿という冬の新潟では当たり前のいでたちでしたが,ここフロリダでは奇異なアジア人に見えたことでしょう.一瞬にして自分たちが外国人であると認識しました.フロリダ最大都市であるジャクソンビルは人口80万人超と新潟市と同程度で,街自体はほどよく田舎です.高層ビルはダウンタウンに少しあるのみで,高い建築物はほとんどありません.Mayo Clinicのすぐ近くに広がるビーチに初めて行ったときには,その広さに息をのみました.3月から12月くらいまで夏の軽装で過ごせます.新潟の冬を知る者としては,青空のもとリラックスした雰囲気で仕事に臨めるこちらの環境は,格別としか言いようがありません. Wszolek教授は臨床の教授ですので,ご自身のラボは持っていません.そのため,私の留学生活は一般的な基礎研究留学とは異なり,臨床側での仕事が主体となっています.患者さんと会うために正装を義務付けられており,人生で初めて,毎日スーツで出勤しています.Wszolek教授と一緒に患者さんの診察をしたり,研究にご協力いただく患者さんのUPDRSを取ったりと,直接患者さんと触れ合う機会が多くあります.Wszolek教授が20年以上前に報告されたFTDP-17の家系の方が,Wszolek教授を慕って遠方からいまだに外来に通っておられることには驚きました.南米やヨーロッパからも患者さんが訪れます.遠方在住の患者さんを診察するためのfield tripに同伴させていただく貴重な機会もありました.また,Dennis W. Dickson教授が率いる神経病理学部門とはシームレスな関係性があり,時間の許す限りでCPCやbrain cuttingに参加しています. Wszolek教授はとても気さくで,驚くほど面倒をよく見てくださいます.毎朝,私の部屋に顔を出されては,コーヒーを飲みに誘ってくださり,クリニックのお庭を一緒に散歩することから一日が始まります.こちらに来て実感したことは,臨床医は臨床の仕事,病理医は病理の仕事,基礎研究者は基礎研究に専念できる,ということです.言葉にすると当たり前のことですが,日本での仕事環境と比較すると,効率の良さが際立っています.また,各部門が協力して仕事を進めるスタイルがよく機能していて,互いが自分のできることを惜しみなく提供し合い,結果として大きな成果につながっています.国内外の病院や研究機関とのコラボレーションも多く行われており,想像以上に開かれていると感じます.Wszolek教授はこれらの仕事をマネージメントする立場にあり,毎朝コーヒーを飲みながら,教科書には書いていない様々なことを教えてくださいます. 留学生活の一つの醍醐味は,これまで以上に多くの時間を家族と共に過ごせることです.幸いWszolek教授は積極的に学会に参加させてくれますので,家族を連れて学会の地を訪れることが楽しみの一つになっています.アメリカの地で日米の違いを認識し,双方の長所短所が見えてくるのも留学の面白さです.留学をするとアメリカ生活のよさが板について離れがたくなる場合もありますが,私は日本で,新潟の地で,神経内科医として社会貢献したいと変わらず思っています.留学先で感じ,学び得たことを,新潟でどのように活かすかが,帰国後の課題です. 留学は特別な時間です.当然,苦労も数多くありますが,日本では得られないことがたくさんあります.ぜひ医局の若い先生方は留学を一つの目標として頑張ってください.学会等でアメリカを訪れる機会がありましたら,ぜひジャクソンビルにもお立ち寄りください.その際は,くれぐれも軽装かつマスクなしでお願いします.


Wszolek教授

Neurologyの若きレジデントたち

Field trip

ジャクソンビルビーチ

住んでいるコミュニティ

2016年4月記載

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